2013年03月07日

文鳥の羽毛


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何と呼ぶのか知らないけれど、わき腹のはみ出てる感じの羽毛は文鳥のチャームポイントの一つだと思う

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2013年02月17日

九官鳥の水浴び

ごんちゃんは新しいケージにすっかりなれたようだ。以前と異なるのは、ケージの中で水浴びできることで、実に気持ち良さそうに、水浴びしている。

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しかし、困ったことに、新しいケージを気に入ったせいで、外に出ようとしない。

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2013年02月11日

九官鳥の新しい鳥かご

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九官鳥のケージを新しくした。いままでは、ペットショップ時代からの、いわゆる九官鳥用ケージと同じサイズのものをつかっていた。

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なるべく広いものにしたかったので、うさぎ用のケージにした。ごんちゃんは気に入っているようだ。よかった。




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2013年02月02日

この頃のララビス

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夜になると手のひらで丸くなっていることが多い。

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2013年01月05日

江戸時代に描かれた白文鳥の絵

江戸時代に白文鳥がいたかどうかは、記録が残っていないため、はっきりしなかった。私は、英語の資料が残っているのを見つけたが、日本にも残っていないだろうか、と考えていた。

(参考)
白文鳥はいつ誕生したのか?
http://rara-avis.sblo.jp/article/53080100.html
白文鳥はいつ誕生したのか?(2)
http://rara-avis.sblo.jp/article/53091598.html


国会図書館にある、『錦窠禽譜』の中それらしき絵を見つけた。私には白文鳥に見えるけど、どうでしょうか?

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http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592242/36

(つづきを後で書きます)

錦窠とは伊藤圭介(1803−1901)の号の一つ。『錦窠禽譜』は伊藤圭介所蔵の資料を、孫の伊藤篤太郎が整理したもの。

図の右下には「美濃大垣 江馬活堂図」、上部には、「鸚哥インコ インコニアラズ 足ノ指異ナリ 未詳 山」、左下には「伊藤篤太郎按上記ノ文中『未詳山』トアル山ハ山本亡羊ナリ」

つまりこうゆう事だろう。江馬活堂が白い鳥の絵を描き、インコと題をつけた。山本亡羊がその図を写し、これはインコではない。足の指が異なるから。(対趾足でないから。)種名は不明。とコメントをつけた。

なぜ、江馬活堂はこれをインコだとしたのだろうか?おそらく、彼は、この鳥を入手するとき(または見たとき)、インコだと言われたのだろう。

嘴の辺りが、文鳥らしくないのは種名が分からないままに、実物を見ずに絵を写したからだろう。江戸時代の文鳥の絵には、嘴が厚くなくて雀のようなものが、いくつもある。これは、実物を知らずに絵を写すとき、本来の特徴は減じられて、一般的な物に近づいてしまうからだ、と私は考える。

たとえば、同じ『錦窠禽譜』の中の文鳥の絵の嘴を見てほしい。

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http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592239/79

というわけで、私はこれが今のところ唯一の、江戸時代の白文鳥の絵だと思う。

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あけましておめでとうございます。


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近ごろのララビス

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2012年10月01日

10月6日は十姉妹の日です。

ジュウシマツは、野生には生息していない。江戸時代に、中国から輸入されたコシジロキンパラという鳥から作り出された。

十姉妹が誕生したのは、おそらく、1850年の前後。しかし、江戸末期の混乱した時代だったので、記録は残っていない。十姉妹の存在を明確に示す記録は、日本ではなく、イギリスにある。

1860年10月6日、ロンドン動物学会は、日本から運ばれてきた7羽の小鳥を買った。そのうち2羽が純白の十姉妹であった。その日、十姉妹の購入を記録した日誌は、いまでも、ロンドン動物学会に保存されている。

日本では、維新前後に、飼い鳥の伝統は途絶えてしまった。しかし、白い十姉妹はヨーロッパで人気を博して、日本から輸出されつづけた。そのため、十姉妹はとだえることなく、幕末から明治へと生きのびることができた。

十姉妹がはじめてヨーロッパに渡り、記録された日、だから、10月6日は十姉妹の日です。(個人的には)

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2012年09月01日

今日はララビスの誕生日(推定)です。


四歳になりました。

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2012年08月26日

九官鳥は、さいきん安全に着地できるようになってきた。

まだ、危なっかしいが、ケージの外で行動できるようになりつつある。


2012082601.jpg おっと

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2012年08月20日

オオキボウシインコはどうやって日本まで来たのか?

メキシコに住むオオキボウシインコ(Amazona oratrix)は、江戸時代に日本に輸入されている。記録によれば、文化十四年、文政九年(1817年、1826年)に中国からの船によって運ばれてきたという。

2012082001.jpg 「外国珍禽異鳥図」(国会図書館)

ではどうやって、スペイン領のメキシコから中国へ来たのだろうか?

私は、これはマニラ・ガレオン貿易によるものだと思う。

1545年、当時のスペイン領、現在のボリビアの山中で銀鉱脈が発見された。この鉱脈はポトシ銀山と呼ばれ、多くの銀を産出し、スペイン帝国の繁栄を支えた。銀はスペイン本国に運ばれると同時に、太平洋に面したメキシコの町、アカプルコからマニラに、そこから中国に運ばれ、絹織物や陶磁器を購入する代金に当てられた。この、アカプルコ・マニラ間の太平洋を横断する航海は、ガレオン船と呼ばれる当時としては最大級の船が用いられた。

メキシコのスペイン人が中国の物産を欲しがる一方で、メキシコ産のもので中国に売れるものは銀だけだった、というのが通説だ。しかし、メキシコのインコは、中国に向けた数少ない例外的商品だったのだと思う。

一羽のオオキボウシインコが、メキシコで捕えられ、アカプルコでガレオン船に積まれ、マニラへと運ばれた。そして、マニラから福建省の月港に運ばれ、中国の商人に買い取られた。商人は、この見慣れないインコは、日本で売れるだろうと思いつき、浙江省の乍浦港に運んだ。そこで、日本との取引がある別の商人に売った。その商人はこのインコを長崎に連れて行った。長崎の代官、高木作右衛門は商人に、これは何という鳥かと尋ねたが、商人はただ音呼だと答えた。高木作右衛門は、このインコの図を作成し、青音呼として、幕府に提出した。それが、上の図である。

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