2013年07月06日

文鳥の名前の由来

文鳥はなぜ文鳥と呼ばれるのか? よくある説明は、「美しい模様のある鳥だから」と言うものだ。これは、日本における文鳥の最古の文献である『本朝食鑑』に「形麗しきをもって文鳥と号す」とあるのにもとづく。

しかし、これはあまり説得的ではないように感じる。

美しさ、紋様があることを形容するなら、「もんどり」か「あやどり」になりそうな気がするし、金華鳥、胡錦鳥、小町雀のような美名が付けられるのは、明治以降だ。

江戸時代に輸入された鳥は、長崎の代官高木家に留め置かれ、鳥名付きの模写が幕府に送られた。このとき、中国から来たものは、原則として中国名が採用された。オランダ船によって持ち込まれたものは、オランダ名・現地名が採用された。分からない物は、地名、単純な形容がほとんどだ。(主に、磯野直秀『舶来鳥獣図誌―唐蘭船持渡鳥獣之図と外国産鳥之図 』(博物図譜ライブラリー)による)したがって、「美しいから文鳥」のように独自の価値観で名づけられるのは違和感がある。

そこで想像してみると、マレー語の burung ciak ではないだろうか?

ジャワ島に住むブンチョウは、バタヴィア(現在のジャカルタ)にあったオランダ東インド会社から連れて来られた。バタヴィアは東インド会社によって建設された貿易基地であったため、初期には地元とのつながりが希薄で、17世紀後半には現地住民(ジャワ人)の占める割合は5%に満たず、オランダ人、中国人、ポルトガル系住民が多数を占めた。共通語として、マレー語が使われた。そして、このマレー語を母体としてジャワ語の語彙を取り入れながら、インドネシア語が生まれた。(主に、宮本謙介『概説インドネシア経済史』 (有斐閣選書)による。)

現在、インドネシア語ではブンチョウは、gelatik または、gelatik jawaと呼ばれている。これは、ジャワ語から流入した言葉だ。一方、マレーシア語ではブンチョウは、burung ciak jawa と呼ばれる。burung は鳥の意味で、burung ciak で雀の類を指すから、ジャワのスズメの意味だ。

バタヴィアの人たちは、ジャワ島のブンチョウを見た事がなかっただろう。彼らは、それをただ burung ciak(スズメ)と呼んだ。長崎ではブルン・チア(語尾の k はほとんど発音されない)の音に文鳥の字を当てた。あるいは、それは貿易にかかわった中国人だったかもしれない。

空想だけど。

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posted by yanagisawa at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 飼鳥の歴史
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