2013年01月05日

江戸時代に描かれた白文鳥の絵

江戸時代に白文鳥がいたかどうかは、記録が残っていないため、はっきりしなかった。私は、英語の資料が残っているのを見つけたが、日本にも残っていないだろうか、と考えていた。

(参考)
白文鳥はいつ誕生したのか?
http://rara-avis.sblo.jp/article/53080100.html
白文鳥はいつ誕生したのか?(2)
http://rara-avis.sblo.jp/article/53091598.html


国会図書館にある、『錦窠禽譜』の中それらしき絵を見つけた。私には白文鳥に見えるけど、どうでしょうか?

2013010502.jpg
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592242/36

(つづきを後で書きます)

錦窠とは伊藤圭介(1803−1901)の号の一つ。『錦窠禽譜』は伊藤圭介所蔵の資料を、孫の伊藤篤太郎が整理したもの。

図の右下には「美濃大垣 江馬活堂図」、上部には、「鸚哥インコ インコニアラズ 足ノ指異ナリ 未詳 山」、左下には「伊藤篤太郎按上記ノ文中『未詳山』トアル山ハ山本亡羊ナリ」

つまりこうゆう事だろう。江馬活堂が白い鳥の絵を描き、インコと題をつけた。山本亡羊がその図を写し、これはインコではない。足の指が異なるから。(対趾足でないから。)種名は不明。とコメントをつけた。

なぜ、江馬活堂はこれをインコだとしたのだろうか?おそらく、彼は、この鳥を入手するとき(または見たとき)、インコだと言われたのだろう。

嘴の辺りが、文鳥らしくないのは種名が分からないままに、実物を見ずに絵を写したからだろう。江戸時代の文鳥の絵には、嘴が厚くなくて雀のようなものが、いくつもある。これは、実物を知らずに絵を写すとき、本来の特徴は減じられて、一般的な物に近づいてしまうからだ、と私は考える。

たとえば、同じ『錦窠禽譜』の中の文鳥の絵の嘴を見てほしい。

2013010503.JPG
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592239/79

というわけで、私はこれが今のところ唯一の、江戸時代の白文鳥の絵だと思う。

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posted by yanagisawa at 15:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 飼鳥の歴史
この記事へのコメント
僕にも白文鳥に見えます^^
目の周りの縁も文鳥っぽいなぁ^^
Posted by A賀 at 2013年01月08日 05:37
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