2012年08月20日

オオキボウシインコはどうやって日本まで来たのか?

メキシコに住むオオキボウシインコ(Amazona oratrix)は、江戸時代に日本に輸入されている。記録によれば、文化十四年、文政九年(1817年、1826年)に中国からの船によって運ばれてきたという。

2012082001.jpg 「外国珍禽異鳥図」(国会図書館)

ではどうやって、スペイン領のメキシコから中国へ来たのだろうか?

私は、これはマニラ・ガレオン貿易によるものだと思う。

1545年、当時のスペイン領、現在のボリビアの山中で銀鉱脈が発見された。この鉱脈はポトシ銀山と呼ばれ、多くの銀を産出し、スペイン帝国の繁栄を支えた。銀はスペイン本国に運ばれると同時に、太平洋に面したメキシコの町、アカプルコからマニラに、そこから中国に運ばれ、絹織物や陶磁器を購入する代金に当てられた。この、アカプルコ・マニラ間の太平洋を横断する航海は、ガレオン船と呼ばれる当時としては最大級の船が用いられた。

メキシコのスペイン人が中国の物産を欲しがる一方で、メキシコ産のもので中国に売れるものは銀だけだった、というのが通説だ。しかし、メキシコのインコは、中国に向けた数少ない例外的商品だったのだと思う。

一羽のオオキボウシインコが、メキシコで捕えられ、アカプルコでガレオン船に積まれ、マニラへと運ばれた。そして、マニラから福建省の月港に運ばれ、中国の商人に買い取られた。商人は、この見慣れないインコは、日本で売れるだろうと思いつき、浙江省の乍浦港に運んだ。そこで、日本との取引がある別の商人に売った。その商人はこのインコを長崎に連れて行った。長崎の代官、高木作右衛門は商人に、これは何という鳥かと尋ねたが、商人はただ音呼だと答えた。高木作右衛門は、このインコの図を作成し、青音呼として、幕府に提出した。それが、上の図である。

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posted by yanagisawa at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 飼鳥の歴史
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