2012年01月20日

江戸時代の桜文鳥

前に引用した文献によって、白文鳥がヨーロッパに渡ったときは、すでにサクラ文鳥がいた事がわかる。「サクラ文鳥の中の白いものを選んでいって、白文鳥が誕生した」 という説があるが、それが正しいのかは分からない。ただ、サクラ文鳥のような、ノーマルとは少し異なるタイプの文鳥が存在したのは確かなので、資料を列挙しておく。

(1)水谷豊文の『禽譜』(1810年ころ)
「一種カハリ、觜モト紅、先白、ホウ白ク、腹薄白、背薄白在、頭薄黒、足薄紅」

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国会図書館所蔵

(2)川原慶賀が描いてシーボルトがオランダに持ち帰った絵。1826年ころ。

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ライデン国立自然史博物館所蔵 (National Museum of Natural History)


(3)『鳩小禽等図』(1840年ころ)の「替文鳥」

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東京国立博物館所蔵

(4)山本 亡羊『百品考、二編』1848年
「其他種種色変リアレドモ却テ観賞ナラズ」

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早稲田大学図書館所蔵

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posted by yanagisawa at 17:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 飼鳥の歴史
この記事へのコメント
ララビス君をみて文鳥初めて知りました、かわいいですね。歴史があって趣がありますね。家族に話したところ、義理の祖父が押し餌をして育てたことがあったそうです。やはりかわいかったそうです。鳥のかわいさは計り知れないですね!1
Posted by ロミ at 2012年01月20日 22:01
エキゾチックな鳥なのに和風なのです。
Posted by 柳沢 at 2012年01月21日 14:42
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