2012年01月17日

中国のブンチョウの絵

台湾故宮博物院には、宋の賈師古の描いた「諸仙妙繪、爪畦雀」という文鳥の絵がのこっている。賈師古は、南宋時代、紹興年間(1131-1162)に活躍した画院画家である。「諸仙妙繪」は宋代を中心にいろいろな画家の絵を16枚集めた図冊のようだ。

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爪畦雀(台湾故宮博物院)

爪畦雀(ジャワすずめ)すなわち、ブンチョウの絵となっているが、頬の白斑がなく、羽の先が黒いことから、イカルのように見える。

ブンチョウの原産地であるジャワ島とバリ島には、古くから数多くの国が興亡した。中国には、5世紀ころからの、この地域の記録がある。 宋代の『諸蕃志』は、ジャワ島のグルシクから中国に輸入される品として、「白鸚鵡」を挙げているので、ジャワ島からブンチョウが運ばれてきてもおかしくはない。しかし、宋代にはジャワの表記として、「闍婆」を用いた。「爪畦」(または「爪哇」)と書くのは、1280年ころ以降のようだ。(※1)

したがって、賈師古が描いたイカルの絵を、後の人がブンチョウと誤認して、爪畦雀と記載したのだと思う。

以前に記事にしたが、上海博物館にある梅竹寒禽図も宋代の絵だ。描いた林椿は、淳煕(1174-1189)年間に活躍した、南宋(杭州)の画家。これは雪の中で寒がっているブンチョウを描いたもので、実際に中国でブンチョウが飼われていたことを示している。

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梅竹寒禽図(上海博物館)

ほかに、台湾故宮博物院には、清代の康熙から雍正に描かれた余曽三の「鳥譜」中に「瑞紅鳥」、清代末の屈兆麟 による「丁香爪哇雀」もある。

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瑞紅鳥(台湾故宮博物院)

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丁香爪哇雀(台湾故宮博物院)

ついでに言うと、これらのいずれにも「文鳥」の語がないのは、「文鳥」が日本でつけられた名前であることを示していると思う。


※1生田滋「東南アジアの伝統と発展」(中央公論新社)による。


追加、清代の李世倬(〜1770)による文鳥の絵

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台湾故宮博物院所蔵

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posted by yanagisawa at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 飼鳥の歴史
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