2012年01月04日

中国の十姉妹

このところ古い事を色々と調べているので、覚え書きとしてとりとめもなく。

ジュウシマツの原種であるコシジロキンパラは、江戸時代までの日本では、「十姉妹」と呼ばれていた。コシジロキンパラの生息地である中国では「偸倉」が一般的な名前だったように見える。『至順鎮江志』(1333年)には次のようにある。

偸倉 似雀而差小籠蓄易馴雌雄遞放而不相失土人相傳橙樹未實者此鳥來巣則是年著花必實驗之果信 (『至順鎮江志』)

「雀に似てやや小さく、カゴで飼うとよく馴れ、雌雄をバラバラに放しても一緒にいる。地元民によると、まだ実のならない橙の樹にこの鳥が来て巣をつくると必ず花が咲き実がなる。」 というような意味か。

他に、司空圖(八三七年〜九〇八年)の唐詩「喜山鵲初歸三首」の中に「偸倉雀」の語があり、黄筌(〜965年)に「偸倉雀圖」があるらしい。また、先述のように『浙江通志』(1562年)には、「透倉 俗名十姉妹籠其一即其群皆來」とあり、1812年の『嘉慶漢州志』中「物産志」に「偸倉」という鳥名がみられる。

一方、「十姉妹」という名称は、薔薇の名としては多く見られるが、コシジロキンパラの意味では、『浙江通志』以外には見つからなかった。

しかし、江戸時代にはコシジロキンパラは一貫して「十姉妹」の名で呼ばれ、関盈文『海舶来禽図彙説』(1793年)には「清音シツイムイ」とも掲載されているので、この名前で輸入されてきたのは確かだろう。

また、台湾の故宮博物院に、コシジロキンパラを描いたものとして、黄筌(〜965年)の「嘉穗珍禽」、徐崇嗣(北宋の画家)の「豐年禽樂」がある。


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嘉穗珍禽

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豐年禽樂

追記
18世紀に刊行された『台湾府志』には、「蓽雀,似雀而小、紫色、唧唧善吟、置籠中能自來去。」とある。台湾在住の博物学者Robert Swinhoe は、それがコシジロキンパラ、ギンパラ、シマキンパラの総称であると解説をつけている。
(Journal of the North China Branch of the Royal Asiatic Society, 1865, NoII, pp41-42)

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続脩台湾府志(早稲田大学図書館所蔵)

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posted by yanagisawa at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 飼鳥の歴史
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