2011年11月25日

白いカナリアの系譜

優性な白カナリアが1660年ころにドイツに初めて現れたことはほぼ確かだ。ヨハン・ヴァルターは絵をひとつ描いており、医者のシュレッキウス、ぺルナウ男爵、そしてロシナス・レンティリウスはみなそれについて書いた。ドイツの仲買人は、背中にそれを背負ってパリの鳥の市に運び、そこではエルヴューがそれを見ている。イギリスにはごくわずかな数の白いカナリアがわたったが、やり手のエリエイザー・アルビンは彼の著書にその絵をひとつ入れた。しかし、希少な突然変異は絶えやすいもので、わずかな期間人気を博した末に、これらの白いカナリアは消えてしまった。
(中略)
それから、1918年に、今度はドイツで普通の緑色ローラーカナリアのストックから別のカナリアが現れた。……この突然変異個体は「優性白」だということがわかり、速やかに系統確立されて、非常に人気を博した。

ティム・バークヘッド、小山幸子訳「赤いカナリアの探求」新思索社


1918年の白カナリア出現の経緯は、Walker,"Coloured, type & song canaries" によると少しちがっている。第一次大戦の直後なので、記録に混乱があるのかもしれない。

1660年と1918年の白カナリアはともに、わずかに黄色が残っているという外見のため、同じタイプの変異だと考えられている。しかし、1660年のカナリアの子孫は一度途絶え、1918年に再び突然変異が起きたというのが定説のようだ。

本当に、そうだろうか?

1660年の白カナリアは、1787年に日本に来て、その姿が「唐蘭船持渡鳥獣之図」として記録されている。

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磯野直秀「舶来鳥獣図誌」(八坂書房)より

この白カナリアは、日本で繁殖をつづけ、1840年頃の「梅園禽譜」や1843年の「鳩小禽等図」に描かれている。

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「鳥の手帖」(小学館より)

H0018251.jpg
http://image.tnm.jp/Zufu/H0018251.jpg

また、1888年に、松森胤保は「禽類図譜」のなかで、

合黄の種たる目黒く色淡く毛羽正整にして、其の体豊富盈々の姿を標す。故に人は、多く合黄にして其の色極めて濃きものを賞するが如し。然れども是素より極黄の性を分かつものにして、全く其の真性の単純なるものに似ず。この中には又、其の色至淡にして殆ど白に体するものも又之あり

と述べていて、これは白カナリアのことと思われる。松森は記憶に基づいてこれを書いたようで、このカナリアを見聞したのがいつかは分からないが、幕末から明治にかけてだろう。

その後、日本でも白カナリアは途絶した。高野鷹蔵の「かなりや飼育の要領」におそらく明治のこととして、

又白色のカナリヤは『白牡丹』なる名を以て尚ばれた。この『白牡丹』は極黄のカナリヤから出た白変種で、世木公一と云う人の作出であるがいくばくも無くその跡を絶ってしまったのは惜しい

とあるの唯一の記録である。

1660年にドイツで誕生した白いカナリアは、各国に運ばれたが、ヨーロッパでは一八世紀に途絶えてしまった。しかし、日本に運ばれたカナリアが、繁殖して子孫をのこした。やがて幕末になると、日本にもヨーロッパの船がさかんにやってくるようになった。船員たちは白いカナリアを日本から本国に持ち帰り、そこで白いカナリアは繁殖をした。それがやがて熱心な飼鳥家の目に留まり、1918年に、展覧会に出品された。そこで白カナリアが再発見され、世界中に広まっていった。

そんなストーリー(ヒストリー)だったら面白いなと思って、前回の記事を書いた。

(前回の記事)幕末のカナリア、メモ
http://rara-avis.sblo.jp/article/50890763.html

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posted by yanagisawa at 17:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 飼鳥の歴史
この記事へのコメント
何か面白い小説が書けそうですね^^
作家デビューします?
Posted by A賀 at 2011年11月29日 17:13
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