2022年06月05日

ごんちゃん逝去

今夜、ごんちゃんが亡くなった。16歳と3か月だった。

換羽が始まって、調子が悪そうな感じはあったものの、昼間はいつものように私とおしゃべりしていた。夕方外出して帰ってくると、落鳥していた。

ごんちゃんは以前住んでいた近所のペットショップの看板鳥だった。いつも店頭に籠が置かれて、その中にごんちゃんはいた。値段はたしか、9万円くらいだったと思う。九官鳥って高いんだな、と思った。

ある日、私が店の中で小鳥を見ていると、背後で、九官鳥に話しかけている男がいた。その男は「おはよう。」「ごんちゃん」と何度も呼びかけていたが、九官鳥の返事はなかった。いい加減諦めればいいのに、と思って振り返ると、誰もいなかった。男が九官鳥に呼びかけていたのではなく、九官鳥が私に呼びかけていたのだ。

それからしばらくたって、そのペットショップが閉店することになった。看板鳥の九官鳥の値段は、閉店が近づくにつれて下がっていって、とうとう2万円になった。

私は、それを見てしめしめと思った。当時、九官鳥は、ワシントン条約によって輸入できなくなり、希少価値が高まっている時期だった。ペットショップでは数十万円の値段が付くことが多く、「2万円で買って転売すればもうかるぞ」と思ったのだ。(当時は、ペットを対象としたオークションもあって、割と簡単に転売できた。)

それで、店主に、「この鳥を買いたい」と声をかけた。店主は、どこかに電話をかけ、「九官鳥は他の人に売ることにした」と話し始めた。どうやら、常連の客が九官鳥を引き取ることに話が決まりかけていたのに、それを断って、私に売るつもりらしい。

店主は九官鳥を籠から出して、餌の与え方や世話の仕方を丁寧に説明しだした。「私は生き物が好きだ。あなたも生き物が好きなのを知っているし、九官鳥があなたに馴れているのも知っている。あなたに譲ることにした。」と店主は話し、そう言われると転売するなんてとても口に出せず、だまって、ごんちゃんを家に連れ帰った。

それで、ごんちゃんを家において、面倒を見たり、話しをしたりするうちに、転売する気はなくなってしまい、そのまま十二年間一緒に生活した。

ごんちゃんは、ララビスと違って、気難しいところがあって、写真を撮られるのも好きではなかった。(ごんちゃんの写真が少ないのはそのせい。)

歳をとってからは、ケージから出るのも嫌がり、話す言葉の種類もだんだん少なくなっていった。とはいっても、私が隣にいるときには、機嫌よさそうにおしゃべりしているので、こういう時間が少しでも長く続いてほしいと思っていた。

十六年前、東南アジアのどこかの森で、ごんちゃんは誘拐された。両親の姿も兄弟の姿も覚えていないだろう。気が付けば、ごんちゃんは東京のペットショップの店頭にいた。狭いケージの中で育ったので、結局まともに飛ぶことは出来なかった。子孫を残すことも出来なかった。ごんちゃんがオスなのかメスなのか、だれも知らない。ケージの中だけが、ごんちゃんの世界だった。それでも、その世界に、ごんちゃんの幸福な時間はあったと信じる。
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posted by yanagisawa at 23:33| Comment(4) | TrackBack(0) | 九官鳥